大学を出て就職したのは、ディヴィッド・ロックフェラーが作った銀行でした。ロックフェラーといえば現代アートのパトロンとしても有名で、私が勤務していた東京支店のオフィスには、日本の現代アート作家の作品が多数飾られていました。
この銀行では、世界各地の支店で、その土地の現代アート作品を買い上げ、オフィスに飾るということをしていたのです。
もちろんオフィス空間に飾るわけなので、多くの人が心地よいと感じるタイプの作品がほとんどではあるのですが、それまではご多分にもれず印象派やシュールレアリズムといったあたりの欧米作家を中心に美術館に通うのみで、現代の日本の作家の作品に意識をむけたことがなかった私にとってはとても新鮮にうつりました。
日々働いていたオフィスの空間がその後の私の人生を変えてしまった?
結局何年かあとに、日本の現代作家の作品をプロデュースする会社に転職してしまったわけで、この銀行での日本の現代アート体験がその後の私の人生を変えてしまったともいえるのです。
ギャラリー巡りをしてさまざまな作家の作品を見、企業や自治体が持つ空間に作品を入れるための企画書を書き、プレゼンし、設置となればトラックも運転するし、ドリルを持ち、ある時などは命綱をつけて設置もする、ようするになんでもやってました。
世間的な評価が定まっていないものを「好き」といえるのってステキ
私がアートプロデュースの仕事をしていた頃は、企業メセナ協議会が発足し、コーポレートアイデンティティ、コーポレートアートといった言葉が盛んに言われるようになった時期と一致します。大企業が盛んにアート(音楽や演劇なども含む)のスポンサーになる。これもバブル期だからできたことだったのかもしれません。その後もずっとそうした活動を続けている企業もありますが、以前のような華々しさは見られません(地に足がついた活動として素晴らしいと思います)。
すでに評価が定まっており、誰もその作品に文句をつけられないような「アート」ばかりがもてはやされることには疑問を感じています。
バブルの頃も、アートプロデュースの仕事をする私の立場は、企業や自治体の人たちが、たとえば稟議書を回す時に皆が納得できるようなコンセプトを言葉にして提供することでした。企業イメージを体現するものとしてこの作家のこのアートという形で。
とくに現代の作家の作品は、評価が定まるもなにも、まだ人にほとんど知られていないことも少なくありません。評価が定まっていないものに、個人で「好き」と言える人も多くはない。買う人はもっと少ない。企業や自治体だと、そこはもっと厳しく、担当者の好みで買えるわけではないケースがほとんどでした(それが当然とは思いますが)。
マイクロパトロンが増えたらいいな
私が通っている美容院プロスペクトヘアデザインでは10年に渡って店内に現代作家の作品を月がわりで展示してきたといいます(残念ながら今年いっぱいで一度こうした形態はおやめになるとのことですが)。
何もお金を出すことだけがパトロンの役割ではなく、空間を持っている人がその空間を提供するだけでも現代作家の作品が人の目にふれる機会を作ることになります。
現代アートのひと味違った楽しみ方ということで、ひとなりプロジェクトでも、水戸芸術館で10年以上ボランティアとして関わり、現在はギャラリートーカーをつとめている桒野晴美さんに講座をしていただきました。来週末には、黄金町バザールを桒野晴美さんの案内で回る予定。
形が美しいもの、色彩がきれいなもの、というアートも素敵だけれど、コンテクストが理解できること、それに共感することでその世界に入り込める、それとは違った楽しみ方もあります。
先日伺ったAOBA+ARTでも、上をむいて「わ〜い!」と思わず笑顔になってしまうような「I'm here」という谷山恭子さんのプロジェクトにも再会。これはたまプラーザ駅周辺の個人宅が場所を提供しての作品展でした。
ふだん暮らしているオフィスや美容院、レストランや町並みの中に、あたりまえのように現代アートがある。そんなふうになったらいいな、と思います。だから、プロスペクトヘアデザインの最終展示を見て、ちょっと寂しい思いもよぎりました(オーナーの渡辺さんはアートへの気持ちは強い方なので、別の形で何かをはじめられるとは思うのですが)。
12月2日はプロスペクトヘアデザインで作家を囲んでのパーティ。
ご都合のつく方はぜひ足を運んでみては?
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